初めましての自己紹介

初めまして!みにぷくといいます。

このブログを書いている中の人です。

「キミ、だーれ??」

と思われていらっしゃる方もいると思うので、

自己紹介をさせてください(*^-^*)

 

九州の田舎に住む30代です。

独身生活を満喫しながら、占いの鑑定をしながら

のんびりと暮らしています。

 

 

今でこそ「占い師」と名乗っていますが、

元は、

高校卒業後、工場勤務を3年ほど、

転職後、

事務職で10年を越えて働いていた、

どこにでもいる普通の事務OLでした。

 

ですので、ほかのすご腕占い師さんと違い、

霊感もなければ、透視ができるということもありません。

もちろん声も聞こえないし、姿かたちも見えません(´・ω・`)

 

わたしの占い鑑定は

「姓名判断」と「気学」を使って、

占います。

 

といっても、むずかしいですよね?

ものすごーくざっくり言うと、

「姓名判断」・・・・お名前の画数の組み合わせ

「気学」・・・・東西南北を使って、運気を占うもの、吉方位というもので、運気をあげるもの

 

事務OL時代は、

だれかのために仕事をしているというより、

ルーチンの決まった仕事をこなし、

依頼された仕事をこなすような、

だれでもいいような仕事の内容で

「わたしは本当にこの会社に必要とされているんだろうか?」

という漠然とした思いを抱きながら毎日を送っていました。

 

そんな中で、とあるマルシェのイベントで

出会った、鑑定の先生。

イベントが終わって、1~2か月たったころ、

きちんとした鑑定を依頼し、

アカデミーの存在を知り、

半年待った後、アカデミーに入会しました。

 

占いって

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」

の言葉通り、

当たっても当たらなくても、

特に日常生活に重大な、

例えば命を落とす…

といったことはありません。

 

時々、占い師さんに依存してしまって、

言いなりになってしまい、

よく分からない高額なパワーストーンや絵画なんかを

買っている人を見かけます。

もちろん、それでその方が救われるのであれば、

それは幸せなことだと思います。

 

ですが、あくまでも占いは人生のコンパスのようなもの、

何かに迷ったときに、どっちの方向に進めばいいか

分からなくなったときに、

そっとアドバイスをしてくれる、

背中をおしてくれる

そんな存在になれたらいいなと思っています。

みにぷく
みにぷく
依存体質の方にはおススメしません

 

回っていく運気を上手に使いこなし、

なんとなく気分がいい…

最近ラッキーが続いている…

といった、小さなラッキーを集めていく先に

心がウキウキするような毎日を

たくさんの人に感じてほしい。

 

あなた自身を知り、

自分のリズムを知ることで、

イキイキと輝いてほしい。

 

今までも、今もがんばっているあなただからこそ、

その運の力を味方にして、

もっと大きく羽ばたいてほしいなという思いで、

鑑定させていただいています。

 

今でこそ、こんな風に思うことができるようになりましたが、

以前は、クレクレ星人、根暗でグチばっかりこぼしていた人間でした。

 

そんなわたしがどのように変わっていったのか、

わたしの人生の物語を少しお話したいと思います。

どうぞ、ゆるりと読んでみてください。

 

人生をあきらめた中学時代まで

普通のサラリーマン家庭の長女として生まれ、

小さいころから体が小さく、「前にならえ」ではいつも腰に手を当てる係でした。

小学校5年に転校しましたが、相変わらずの腰に手を当てる係(笑)

 

小学生のころは当時大流行した「家なき子」の安達祐実ちゃんに憧れ、

卒業アルバムに「女優になりたい」

と書いていました(笑)

みにぷく
みにぷく
純粋だったなぁ

 

中学に上がると吹奏楽部に入部し、

パーカッションを担当。

音感がよかったわけではなく、

持病で管楽器が禁止だったため、打楽器(パーカッション)担当になりました。

 

比較的まじめに部活をしていましたが、

周囲とうまくなじめず、

親に泣いて「辞めたい」と訴えたものの、却下され、

結局3年間続けることに。

このころから、夢を見ることをやめてしまい、

「親のいう通りの人生を送ればいいんでしょ?」と冷めた目で

言われるがままに高校卒業後の就職を目指し、

商業高校に入学しました。

 

うまく描けなかった人生設計図

ある時高校の家庭科の授業で

「自分の人生設計図を作る」

という授業がありました。

周りが

「20歳で結婚する!」とか

「30歳で子どもが2人いる」などと

キラキラな将来を描いている横で、

1文字も書けず、先生から

「なにかやりたいこととかないの?」

と聞かれ、

「高校卒業したら何年か働いて、結婚して、親の介護するんじゃない?」

と将来になにも浮かばず、親が言うからという理由で、

わたしの人生はそんなものだと心から冷めきっていました。

そのため、高校では友だちから心配されるほど、

授業中によく寝て、家に帰ってからも寝てるような、

無気力な学生時代を送っていました。

みにぷく
みにぷく
かわいくなかったなぁ(笑)

 

高校卒業、社会人へ

なんとなくの就活後、地元の工場へ入社しました。

正社員の募集だったにも関わらず、入社してみれば

「準社員」という立場。

その会社では正社員とパートの間のような立場でした。つまり、責任は正社員、待遇はパートっていう感じの会社のいいとこどりの立場(笑)

準社員というだけで、残業、休日出勤は半強制。

日給月給制だったこともあり、

1番少ないお給料は手取り6万程。

1番多いお給料は手取り18万円程。

ボーナスは細かくランクをつけられ、

どんなに残業しても最低ランクの3千円。

仕事がないという理由で、

始業2時間で帰されたこともありました。

みにぷく
みにぷく
昼休みも「協力」という名の仕事があったなぁ

3年ほど勤めた後、退職。

初めて親の意見を聞き入れず、意思を通しました。

その後、1年間の職業訓練校で事務としての簿記やパソコンの資格を取得し、

半年のフリーターを経て、

地元の企業へ事務員として入社することができました。

 

先輩たちとうまくいかない!!

入社前、事務員だった叔母や周りから

「事務員はお茶を飲んでニコニコしてたらいんだよ」

という言葉を真に受け(笑)

ニコニコしてたらいいんだ!

と思っていました。

もちろん、そんなはずはなく(笑)

入社して、うまく周りの要求に答えられず、

先輩たちに怒鳴られる毎日。

 

このころが1番病んでいたし、自信も無くし、

自分の感情すら分からなくなっていました。

「仕事のできない自分が悪い…」

と毎日自分を責め続け、どうしたらいいか分からず、

とにかく食べていました。

みにぷく
みにぷく
でも不思議と太らなかったです。

 

そんなある日、事件が起きます。

当時、電車通勤をしていたわたし。

勤務地の側の駅で電車を降りた後、

いつのものように改札に向かおうとしたところ、

足がピタリと止まってしまい、

動けなくなりました。

近くのベンチに座り、一休みし、

もう1度立ち上がりましたが、

改札を抜けることはできませんでした。

どうしても足が前に出ないのです。

 

仕方なく、会社へは休みの電話を入れ、

家に帰ることもできず、

特急電車で1時間ほどの友人のところへ行くことに。

この時、友人と一緒に、とある自己啓発セミナーの営業さんと会いました。

 

そして、この出会いがわたしの人生の分岐点になったと今でも感謝しています。

 

1人暮らしのスタート

駅で足が動かなくなったその日。

エネルギーにあふれた自己啓発セミナーの営業女性に誘われ、

1番近い日程のセミナーに行くことに。

今思えば、あやしさ満点!

普段だったら絶対に行かないところです。

それでも

「今をどうにかしたい!」

その一心で1日2万円くらいのセミナーへ参加しました。

そこで、生まれて初めて自己啓発に触れることになりました。

それから、特急電車で1時間〜1時間半のセミナーに週2日、

平日も会社が、終わった後、電車に飛び乗り、セミナーには遅刻しながら通う日々。

帰りは当然終電で、地元の駅から家まで、明るい道を選びながら、

途中街灯のない道を深夜12時近くにトボトボと歩いて帰りました。

今考えても、よくやったと思います。

いろいろあって半年ほどで疎遠になりましたが、今でもわたしの中には強烈に残る思い出です。

そんな生活の中、1人暮らしを決め、スタート。

とはいえ、実家から約30分もない距離で、資金などの節約で敷金礼金、保証人のいらなかったレオパレスに。

なんだかんだで同じ地域の普通のアパートに引っ越したのは7年ほど経ったあとでした。

なので、レオパレス歴が、意外と長くなりました!

みにぷく
みにぷく
1人暮らしはカツカツだけど、自由には変えられない!!と思ってました

事務OLがまさかの起業希望!?

1人暮らしをスタートして、親から開放された自由さから、

いろいろなことにチャレンジしました。

自己啓発系のセミナーにも夢中でしたし、誘われるがまま、

色彩の社会人学校にも通学したり、某有名なネットワークビジネスに行ってみたり。

悩みのタネだった、仕事も社内派遣のような形で先輩とは離れ

(ひたすら資料を電子化するという作業を1年ほどこなしたあと、さらに別部署へ派遣されました笑)

その後、紆余曲折ありましたが、

楽しく仕事をしていました。

が、またまた社内事情が変わり、

本来の自分の部署へ戻ったのですが、

仕事もなくヒマを持て余し、上司とうまくいかないという人間関係にも行き詰まり、

当時、軽い気持ちでお教室に通っていましたが、

本気で占い鑑定士を目指して退職を決意し、

無事に退職し、

鑑定士に転職しました。

みにぷく
みにぷく
デスクに座っていると涙が出てくるようになりました。

改めて伝えたい思い

退職後、

キレキャラだったわたしが、あまり怒ることもキレることも減り、

友人からは顔が変わったと言われたほど…(;’∀’)

いろんな意味で、会社員は向いていなかったのかもしれません。

それでも、会社員は大変でもあり楽しくもあったと思います。

いろいろ不満を言いながら退職しましたが、

今でも会社員でいたことを後悔したことはありませんし、

やめる覚悟をした自分をほめたいとも思っています。

 

このブログをここまで見ていただいているということは、

きっと、結婚や転職、職場の関係や親子関係など、

何かしらに悩まれているのだと思います。

5年後、10年後を笑顔で過ごしたいと思われているのかもしれません。

 

「幸せになりたい人はいても、不幸になりたい人はいない」

という言葉があります。

みんな幸せになるために今を悩んでいるのだと思います。

 

わたし自身、占いを通して、

自分も知らなかった新しい自分を発見して、今、楽しく過ごしています。

選択肢の多い現代だからこそ、

1つでもたくさん、自分自身を知ることは、決して損なことではないと思っています。

それは自分の選択肢が増えるから…

 

そんな選択肢を選ぶお手伝いができればいいと思いながら

鑑定をさせていただいています。

 

 

 

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